デアゴスティーニ安土城 「築城つれづれ」

風に吹かれて 〜こころのおもむくままに・・・
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牡鹿のこと3
宮城県牡鹿郡女川町野乃浜「マイルーム野乃浜」 ここが宿泊先、
ほとんどすべての客が女川原子力発電所で働く人たち
狭い部屋に狭い風呂、娯楽施設などまったくなく、作業員の「ねぐら」といった
感じの宿でした 

3階の部屋の左手の眺め、正面は道を隔ててすぐ海が広がっていました
手前の木立の向こうから山の斜面にかけて家が立ち並んでいたとのこと

震災前はガソリンスタンド、日用品店、酒屋があったとのことですが、
今は何も残っていません、堤防もガードレールもまだ当時のままです

2階から3階に上がる階段に津波の高さを示した線が貼ってありました
2011.3.11.  14:46地震発生 15:30津波襲来と書いてあります
この宿も谷川小学校同様、かなり高台にあるんですけど・・
その津波の高さをなんとか理解しようとしましたが、いまだに出来ません

夕食時、食堂のまかないの方と話をしている内、その方の仮設にお邪魔
する、ということになりました
翌朝、ご主人(たくましくてかっこいい漁師さん)も交えて、津波のこと、
ご家族のこと、亡くなられた方たちのこと、これからのこと、などなど、
貴重なお話を聞かせていただきました

東浜小学校
ここは津波の被害は免れ、生徒も全員無事だったそうですが、
長期間被災された方々の避難所となり、また災害対策本部に充てられて
いたとのことでした
震災直後に行われた入学式、
新一年生は女の子1人だったそうです
それでも紅白の幕を張り、地元の獅子舞などで新入生を迎えています
立派な入学式です、u-tubeで観ました
余談ですが、
現在、ここの子供たちの作文も含めた文集「950キロのかけはし」
作成中(当方補佐)、来年の早い時期に完成予定です

牡鹿半島を離れ、最後にすこし石巻中心部をまわりました
港にある倉庫は、がれきこそ取り除かれてはいたものの、壊れたまま、
中はがらんとしていました
高台の日和山から街を見渡すとあちこちにがれきの山が目につき、
訪れた人たちの口からは、震災の話しか聞こえてきませんでした
駅前通りの商店街では入口を板戸で打ち付けた店を数多く見かけました
結構人通りはありましたが、その半数以上はボランティア(多分)

門脇小学校
紅白歌合戦で長渕剛が「ひとつ」を熱唱したところです
まだあのままでした

後ろを振り返るとコンビニ?が壊れたまま立っていました
辺り一面360度、雑草が生え放題、復興までの道のりの長さを想いました

来春、もう一度同じコースをめぐって、今回お会いした人たちともう一度会い
その後のお話をお聞きしようと思っています
                                   おわり 
| imajin | 東日本大震災ボランティア関連 | comments(2) | trackbacks(0) | - |
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安土城を築城する老夫婦 (2012/11/08 7:54 AM)
お元気そうで何よりです、いつ開けても同じ画面さみしく思いました忙しいでしょうが又続けてくださいませ。
imajin (2012/11/09 11:12 PM)
ご夫婦さんこんばんわ
おひさしぶりですね〜
コメント本当にありがとうございます

>いつ開けても同じ画面さみしく思いました・・
そう言っていただくとほんとうにうれしいです
見て頂いてたんですね
またぼちぼち書いてみましょうかね〜
最近どうも怠けグセがついて・・

今後ともよろしくおねがいしますね
また寄ります











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