デアゴスティーニ安土城 「築城つれづれ」

風に吹かれて 〜こころのおもむくままに・・・
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文集「950キロのかけはし」のこと(3)と残酷な子ども
続きです

その前に・・
先日、ハッピーの散歩をしていた時のこと、
道端で子供たちの声がしています
小学校低学年の男の子が2人と女の子が2人、それにもうひとり
保育園前くらいの女の子

何やらもめています
すこし歩みを緩めて聞くとはなしに聞いていると、
「妹なんかいらんかったんよ・・・
    本当は弟の方がよかってん・・・」
と女の子が言い放っています
ほかの3人も少しためらいながらも同調し、ちいさな女の子はかわい
そうに、ひとり足元をみつめてべそをかいています
そのうち、その子を残してほかの子供たちはどこかへ駆けて行ってし
まいました
一緒に遊ぶにはちっちゃすぎて足でまといだったのでしょう

そのまま通り過ぎしばらく散歩を続けていたのですがどこからか子供
の激しい泣き声が聞こえてきます、近づいてみると先の女の子です
お母さんの腕をものすごい勢いで何度もなんども振り払い、天をもつ
んざかんばかりの声でダダをこね、もうお母さんは困り果てています
当方もハッピーでなんとか笑顔になってもらおうと試みたのですが・・
・・無駄でした
いきさつを話すわけにもいかず少し心残りのまま引き上げました
時として、子供は残酷な生き物!
でも、子供はこれくらいのことすぐに忘れてしまうんでしょうけどね

「ハッピー満2歳」女の子です

さて、文集の続きです
子供たちの作文のほかにも、地元漁師さんたちの当時の様子なども
掲載しています

『ゴォーと地鳴りと共に今まで経験したことのない激しい揺れに襲わ
れました。船の上には立っていられず、膝をついて揺れが収まるの
を待つしかありませんでした。目の前の自宅は、マッチ箱でも動かす
ように激しく揺れ、窓ガラスが割れ瓦が落ちスギ花粉が飛散し山が
黄色い炎を出しているように見えました。』

『この日、私は漁師仲間と船を沖合に出して津波が収まるのを待つ
「沖だし」をしました。危険と隣り合わせで一晩過ごし帰港した時には
生まれ育った浜が何もなくなっていました。』

『あの日を境に私達の生活は一変しました。ありとあらゆる物が津波
に飲み込まれ、あたり前にあった物が無という状態、正直途方にくれ
ました。』

『以前のような子供たちの声、姿が見えずさみしい限りである。震災
前、夕方毎日のように自転車で浜を一回りする。すると集落の人達
が同じように浜に出ていて雑談し、夕食が遅れることもしばしば。今
仮設から夕方浜を回っても誰とも会うことはなく、波の音だけで浜は
静まりかえっている。』

漁師さんの当時の事をほんの一部抜粋して紹介しました
ここで文面のすべてを、また寄せられたすべてのメッセージを紹介す
ることはできませんが、どの原稿も一様に文末は今後の抱負や希望
で結んばれていました
そして今、寄せられたメッセージ通り、みなさんのふんばりで少しづつ
少しづつ、でも、確実に前進していると感じます

  ふんばれ! 牡鹿の大人たち
    がんばれ!牡鹿の子どもたち

あと一回、最後は阪神淡路大震災の記事についての感想を書きた
いと思っております

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