デアゴスティーニ安土城 「築城つれづれ」

風に吹かれて 〜こころのおもむくままに・・・
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「阪神淡路大震災」のこと(当日その2長田区)
震災当日のつづき
長田区です

昼頃、引き止める母を置いて神戸に出ました。
通常のルートは避け、遠回りではありましたが比較的道幅の広いルートを選びました。
神戸の中心部からはかなり西寄りの道です。
いつもと全く変わりなく走りつづけ、鈴蘭台という長田区・須磨区方面が俯瞰できる場所まで来
た時、空に向かって伸びている数本の大きな煙が見えました。
その煙は、もう太陽の光でさえさえぎってしまう程の大規模なものでした。
坂を下りきり、長田商店街まで来ましたが、ここで様子が一変、初めて被害の大きさを実感し
ました。アーケードは崩れ落ち傾いた店も数多く見られました、でも人影はありませんでした。
このあたりまで来ると煙であたりはうすぼんやりしていて街から色が消えてしまった、といった
感じで、上空を舞うヘリの音、そして遠くでサイレンの音だけがむなしく聞こえていました。
さらに漂う空気がきな臭かった事が印象に残っています。

車を道路わきに止め南の方へ歩き出したのですが、すれちがう人たちはみなうつ向きがげん
で走り回っている人など一人も見ませんでした。大自然の脅威にもうなすすべもなくただ茫然
と放心状態でただ歩いている、といった感じでした。
南へ向かってすぐビルの火災を目撃しましたが、消防車のすがたは無く、十数人の男たちが
ポケットに手を突っこんだまま燃え盛る火をただ眺めているだけでした。

さらに南に向かい歩き出しましたがJRの高架下あたりで人の話し声が聞こえてきます。
初めて聞いた人の声です。
近づいてみると驚いたことに、空のビールケースを2段に積んだ上に板ギレをおいてその上に
はビールが3本、3人の男が酒盛りをしているではありませんか。
近くに傾いた酒屋がありましたのでそこから持ち出したものだとすぐにわかりました。
かねてからそこで立ち飲みしていた常連か、ホームレスだったのでしょう。
失うもののない者強さというか、物の持つ価値のはかなさというか、今まで持っていた概念が
180度ひっくり返された思いで衝撃でした。
あの光景は今でも脳裏に強烈に焼き付いております。

そのあと少しだけ露地に入ってみましたが、1階部分が押し潰されている家を何軒もみました。
そこに取り残された人がいるのかどうかさえまったくわかりません、もはやそれはただ灰色の
大きなごみの山といった感じでした。
そんな状況なのにやはり人影はまばらで、人がいてもただ突っ立っているだけで後日TVでみ
たような住民による救助活動のような場面にはまったく出くわしませんでした。
その後この地域に住んでいた会社の人に聞いた話では、ほとんどの人たちは学校に避難して
いたようです、余震による倒壊を恐れて教室には入らず寒さに震えながらでも校庭で過ごした
人達も大勢いたとのことでした。

この付近はケミカルシューズの生産地でちいさなゴム工場がたくさんあり、あちらこちらから黒
煙が上がっていましたがここでも消防車の姿は1台も見ませんせんでした。
多分、住宅密集地の鷹取地区の方へ手を取られていたのでしょう。

焦げくさい灰色の町、うつむいたまま沈黙する人々、ヘリの音、遠くで聞こえるサイレンの音、
これが私の見た当日の長田区の印象です。

それと、もうひとつ強烈な印象を受けた風景があります。
それは、その日がゴミの収集日に当たっていたらしく、全壊してもはやゴミの山と化してしまっ
た家屋のすぐそばのゴミステーションに整然と置かれてあったゴミ袋です。
その光景を目にした時、もうやりきれない気持ちでいっぱいでした。

このワン公も被災者、どこか「ルル」に似ています

長田区の焼け跡です(震災特集号から転写しました)
 
この後、三宮方面へ向かいましたが、これも長文になりそうですので一応終了します。






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