デアゴスティーニ安土城 「築城つれづれ」

風に吹かれて 〜こころのおもむくままに・・・
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「阪神淡路大震災」のこと(当日その3中央区)
<長田区から三宮方面へ>

三宮あたりの揺れは長田区以上の激震だったようで、大きなビルがいくつも倒壊していました。
もうどの建物がまっすぐでどの建物が傾いているのかさえ分からなくなるような状態で、自分の
平行感覚が麻痺してしまった様な感じでした。
ちょうど遊園地のマジックハウスに入っている様な、そんな感覚です。

どうしても安否の確認をしたい身内がいましたので、とりあえず市役所へ行きました。
旧庁舎は上部の階が押し潰されて酷い状態でしたが、新庁舎に被害はありませんでした。
非常灯だけの暗い中、走り回る消防隊員や職員の声、赤ちゃんの泣き声、毛布にくるまった被災
者同士の話し声などが広い館内に響きわたり、もうただただごったがえしていました。
市役所では何の情報も得られないまま、そのあと近くの小学校にも行きましたが、結局、安否は
確認できませんでした。(その後、本人の連絡で無事がわかったのですが・・・)

庁舎から小学校までの間に田崎真珠か何かのショールームがあり、壊れかけた建物の前には
ガラスの破片やガレキの上にかなりの数の紺色のあの宝石ケースが投げ捨てられころがって
おり、中身はすべてカラッポでした。ほんとうに悲しくて恐ろしい光景でした。

その後少し街中を歩いたのですが、商店街も飲み屋街も生田神社も、もう惨憺たるものでした。
特に三宮駅の山側にあった柏井ビルはかなり傾いて、いつ倒壊してもおかしくない状態でしたが、
この時点ではどうにか持ちこたえていました。
どこをどう歩いたかは忘れてしまいましたが、日が暮れた頃にもう一度この場所に戻り新神戸駅
方面を見ると、暗がりの中、片側4車線のメイン道路一杯に巨大な白っぽい幕が張られている、
「何でこんなところにこんな大きな幕が張ってあるんやろう」
と近づいてよく見るとそれは昼間に見た柏井ビルでした。
倒壊していたのです。これにはもう言葉を失いました。
地震から時間が経過していたせいでしょうか、中央区では消防団員の姿を多く見かけました。
人々の様子は長田区と同じで、やはりみなうつ向きかげんでした。

結局、震災当日のすべては半分夢の中の出来事の様でにわかに信じられず、
ただただ茫然として帰りました。

左は比較的揺れの少なかった兵庫区内にあった銀行
右上は東灘区にある阪神電車石屋川車庫
右下は阪神高速西宮付近

三宮にある生田神社(震災特集号から転写しました) 

一応、震災当日についてはこれですべて終わりです。

震災の翌日は交通規制がかけられていましたので、出社出来ませんでした。
会社へ行けたのは震災2日後の19日からでした。
このあともつづけて書きたいと思っています。





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