デアゴスティーニ安土城 「築城つれづれ」

風に吹かれて 〜こころのおもむくままに・・・
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牡鹿のこと2(谷川浜)
牡鹿半島はかなり複雑な形をしています
いたるところに入り江があり、そのほとんどが漁港になっています
今回訪れて、初めてそのことを知りました
そして、点在している漁港のほとんどが壊滅状態、石巻中心部へ出る道路
はいたるところで寸断され完全に陸の孤島となっていた様です
石巻の中心部はマスコミもかなり大きく報道していましたが、半島に点在し
ている小さな漁港などは行政の手も届かず、長い間取り残されたままだっ
たのです
 
谷川浜(ヤガワハマ)
津波の被害が特にひどかったところで、巨大な津波に一切合財を持って
行かれ、津波が去ったあとは、もう何ひとつ残っていなかったそうです
そんな事もあってか、牡鹿のがれきのほとんどがここに持ち込まれるそう
で、がれき処理の機械の音だけが浜に響き渡り、数人が手作業で分別作
業をしていました

谷川小学校
2階の天井まで津波のあとが残っていました

音楽室、もうこれ以上は撮れませんでした

漁具が木にひっかかったままです

校庭からの眺め(望遠も何も使わずただ普通に立って撮ったものです)
校舎は海面から30mくらいのところに建っていて、素晴らしい眺望でした
それが2階の天井までやられてしまうというのですから、とんでもない高さ
の津波が襲ったのです
幸いこの小学校からは1人の犠牲者も出なかったとのことでした

小学校の近くの八幡神社、
石の鳥居が津波で折れてしまっていました
石段はボランティアの協力で最近修復したとのことでした

神社からの眺め
ここを数段上った所に鐘楼があり、その屋根ぎりぎりのところまで津波が
遡上してきたとのことです               あとすこし続けます
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久しぶりにアップしました「牡鹿のこと」1 
先日、連休を利用して宮城県の牡鹿半島を訪ねました
震災直後から牡鹿とは少なからず関わりを持ってはいましたが、
訪れたのは今回が初めてでした

荻浜(オギノハマ)
ピンクのフォークリフト
私たち「グループねこの手」の支援活動のシンボル
後ろは建設中の牡蠣の加工場

桃浦
人の気配まったくなし


生活の跡


牧浜
牡鹿のほとんどの漁港が牡蠣の養殖を本業とされています
大津波のあと苦労してやっと育てた牡蠣ですが、今のところ加工施設が
無いために殻のままでしか出荷できないとのこと
したがって価格もむき身の2割程度
「ワシら、これしか出来んから・・」と悲しく笑っておられました

蛤浜(ハマグリハマ)
海に向かって立つともう何も残っていません
振り返れば高いところに数軒、津波を免れた家が残っていました
ほんのわずかな海抜の違いで、まったく違う光景でした    続けます




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ピンクのフォークリフト「ねこの手1号」
あの阪神淡路大震災で自宅も工場も失くした経験を持つ私の古くからの
友人が、震災後仕事の関係者や知人友人に呼びかけて、
  ボランティアグループ「ねこの手」を立ち上げました

当初ガレキ撤去用に「ユンボ」を贈ろうと募金活動を進めていたのですが、
その最中、
被災地のボランティア事務局の方から、フォークリフトが欲しいとの要望が
出され急遽フォークリフト募金となりました

そしてこの度、その活動がやっと実を結びました

届けた先は、
宮城県石巻市荻浜(おぎのはま) 
牡鹿半島にある入江です
牡蠣の養殖を生業にしていたとの事ですが、今回の津波ですべて跡形もなく
押し流されてしまい、再開のメドなど全くたたない状態だったようです

「ねこの手1号」
実際のボディの色は目にも鮮やかなピンクです
「明るい気持ちを取り戻せるように・・」
現地ボランティアのリーダーからの要望でした


到着直後の様子です

その「勇姿」です
 

                


みんなで書いたメッセージを現地で「ねこの手1号」に貼ってもらいました
神戸からの学生ボランティアも、かわいいイラストでボディを飾って下さいました
       


「ねこの手1号」大活躍
この写真、数日前の様子だそうです
そして、一緒にうれしいたよりもいただきました
牡蠣を市場に出せるようになるまでにはまだまだかなりの時間がかかるらしく、
それまでは「わかめ」でがんばってみる、との事でした

 いつかここが元の姿に戻った頃、
     一旅行者としてここを訪れることが当面の夢です


数回前のブログに少し書かせてもらいましたが、
ここまでたどり着くまでにはかなりの紆余曲折がありました
要望も現地の状況に合わせて二転三転、
簡単に考えていたボランティアでしたが、ほんとうにむつかしいものです
(当方、何もしてませんが・・)

ともあれ一件落着、
今後とも二年三年と息の長い支援をつづけてゆこうと思っております
次は「ねこの手」2号です
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